福岡家庭裁判所 昭和40年(少ハ)1号 決定 1965年3月29日
本人 T・H(昭一九・一二・一〇生)
主文
本件申請を却下する。
理由
本件申請の要旨は、「少年は昭和三九年三月二五日福岡家庭裁判所において期間を一年とする戻収容決定を受け同年四月三日大分少年院に入院したが、院内においては、軽卒で気が変り易いこと思慮の浅薄であることなどの性格的欠陥の故にたびたび反則を繰り返し、収容以来処遇段階の「二の上」と「二の下」とを往復しているのみで処遇の最高段階に達するにはほど遠い状態にあり、犯罪的傾向はまだ矯正されていない。このような状態で少年を社会に復帰させることは予後に不安が大きいので適当でなく、なお、八ヵ月間収容を継続し処遇の最高段階に達した際の適当な時期に仮退院で出院させ保護観察活動により更生の実を上げさせたい。よつて少年について少年院法第一一条第二項の規定に基き収容の継続を申請する」というものである。
ところで本件は所謂戻収容により在院する少年にかかる収容継続の申請事件であるところ、当裁判所はつぎの理由にりよ本件申請は不適法であると解する。
少年院法第一一条第二項は同条第一項の場合において在院者の心身に著しい故障があり又は犯罪的傾向がまだ矯正されていないため少年院から仮退院させることが不適当であると認めたときは少年院の長は家庭裁判所に対し収容継続の申請をなすべきこととしている。この同条第一項の場合というのは在院者が二〇歳に達したとき、もしその在院者が送致後一年を経過しない場合は送致の時から一年を経過したときのいずれかの退院事由に該当する場合を指すことは法文上明らかである。ところで同条第八項は「少年院の長は在院者が裁判所の定めた期間に達したときはこれを退院させなければならない。」と規定しこの場合については同条第二項ないし第四項の規定の準用を規定していない。そのように同条第一項および第八項はともに少年院の在院期間に関する規定でありながら同条第二項ないし第四項の適用に関し別異の規定の仕方がなされている。そこでその実質的理由如何について以下考察する。同条第一項は法定の在院期間(以下「法定期間」という。)に関するものであり、第八項は裁判所の定めた在院期間(以下「裁定期間」という。)に関するものである。在院期間を法定又は裁定する理由は、不必要に長期間在院者の自由を拘束することを防止し、もつて人権を擁護しようとするものであることは多言を要しない。そのうち法定期間は、少年保護事件に特殊なケースワーク的機能に対する人権保障的見地からの一つの限界として法が一律に定めた在院期間であり、これに対し裁定期間は、少年院法第一一条第三項、第四項、犯罪者予防更生法第四二条第三項、同法第四三条の各場合について明らかなように、ケースワーク的機能を重視し、各在院者の具体的事情を考慮して収容決定の際に個々に決定されるべきこととされた在院期間である。そう考えると、少年院法第一一条が同条第一項の場合のみについて収容継続申請を認める法文の構成をとつている理由は、法定期間についてはその一律的規定の仕方に対し保護事件のケースワーク的機能の特殊性から各在院者の特質に応じ在院期間について更に個々的配慮をなすことができるべきことを規定したものであり、裁定期間については既にケースワーク的機能により各在院者の具体的事情を考慮して決定されているので更に収容継続によるケースワーク的機能との調整ということは不要であるとの立場に立つているものと解される。従つて同条第八項の場合に、上述のような実質的差異を有する同条第一項の場合について規定された同条第二項ないし第四項を類推適用することを認める余地はないことになる。
なお、同法第一一条第五項は、家庭裁判所が少年院の長の申請に基き二三歳に達する在院者の精神に著しい故障があり公共の福祉のため少年院から退院させるに不適当である時は二六歳を超えない期間を定めて医療少年院に収容を継続すべき旨の決定をなし得ることを規定する。この規定は裁定期間を更に延長し得る場合を認めた規定であることから、この条項を類推して一般的に裁定期間の存する場合について収容を継続し得ると解する余地はないかについて考えると、同条第五項は、精神に著しい故障があり、そのために公共の福祉に対する危険が明白で且つ現在している場合に、在院者の基本的人権に対し後退をせまり更に収容を継続し得ることを認めた社会防衛的面を強調した規定と解されるものであり、少年保護を主眼とする少年法の体系からはいわば一歩はみ出た極めて特異な規定であるから、この条文の文言の意味を超えて、他の場合にそのように一般的に類推適用することはできないものと解する。むしろ法は、裁定期間のある在院者については、同条第五項の極く限られた場合にのみ収容を継続し得ることを認めたものと解するのが相当である。
それ故、家庭裁判所によつて期間を定められ戻収容決定を受けて在院している者について収容継続申請をすることは、少年院法第一一条第五項の場合を除いては認められないものと解さざるを得ない。
なお、かかる解釈は保護的面を十分に貫ぬこうとする立場にとつては不満足かも知れないけれども、その不満足は戻収容決定に際して定められるべき収容期間について特に慎重な配慮をすることによつて解決する以外に方法はないと考える。
本件院生和田は一件記録から明らかなように、本件申請の要旨記載のとおり昭和三九年三月二五日福岡家庭裁判所において「少年を本決定の日から一年間特別少年院に戻して収容する。」との裁定期間を付された戻収容決定を受けた者でありもとより少年院法第一一条第五項に該当する者でもないから、本件院生についてなされた本件収容継続申請については、要保護性などの点について判断するまでもなく、前述の理由によりこれを不適法として却下すべきである。
よつて主文のとおり決定する。
(裁判官 織田信夫)